思考が感情と行動を決める!5つのネガティブ感情と思考のつながり
私たちはある嫌なできごとに反応してイライラしたり、悲しんだり、ネガティブ感情を爆発させることがあります。
このように感情的になるとき何も考えていないと思いがちですが、実際は瞬間的、あるいは無意識的に思考し、その思考によって感情と行動が決まっています。
そして、「こう思えば、こう感じる」というように、思考と感情には普遍的なつながりがあります。
今回はその5つのネガティブ感情と思考のつながりについて紹介します。
怒りは「自分に対する権利の侵害」で生起する
怒りという感情の仲間について名前を挙げると、不快感、苛立ち、辛辣さ、憤慨、激怒、憤怒などがあります。
これらの怒りは、誰かがあなたの権利を意図的に侵害し、傷つけようとした思考(権利侵害思考)によって引き起こされます。
例えば、権利侵害思考で怒るときは、「自分が不公平に扱われたとき」「目標達成の途中で妨害されたと思うとき」があり、ときに無生物である物にさえ怒ることがあります。
もし、あなたが怒りをコントロールしたい場合、次の2つの権利侵害思考に注意を払いましょう。
- 自分に向かってくる障害は他人のせいだ。
- あの人は他の行動が取れたはずだ。
この考え方は、他人を巻き込む形で自分が遭遇する問題を、自分ではないもの(外的要因)とする傾向があります。
なので、あなたがこういう傾向が強い人間であれば、人生において多くの怒りを経験する可能性が高くなります。
悲しみと抑うつは「現実世界の喪失や自尊心の喪失」で生起する
自分が望むより頻繁に悲しい気持ちになるなら、落ち込み、意気消沈、うつなどになる可能性があります。
この悲しみや抑うつは、大切な人間関係や仕事、愛する人といった具体的な形のある物や、自尊心のような形のないものを失ったときに引き起こされます。
例えば、「自分には才能があると思っていたことを他人が評価してくれない」とか、「自分だけパーティーに呼ばれなかった」といったこと。
怒りやすい人は外的要因を意識しがちだが、悲しみやすい人は内的要因に意識が向いている傾向があります。
すべてが自分のせいではないかもしれない問題でさえ、自分で自分を責めてしまう傾向があるなら要注意です。
罪悪感は「他人に対する権利侵害」で生起する
ある研究で大学生に1日中、自分の感情的側面を観察してもらうと、ポジティブ感情では幸福感、ネガティブ感情では罪悪感が最も一般的な感情でした。
研究に参加した大学生は、「寮のルームメイトのシャンプーを使い切ってしまった」「両親に電話連絡しなかった」「浮気」「運動不足」「暴飲暴食」「両親のお金を無駄遣い」などに罪悪感を感じていました。
調査によると罪悪感を引き出す状況には、次の2つのカテゴリーに分かれます。
- 自己調節に反する具体的な行動:物事の先延ばし、食べ過ぎ飲み過ぎ、運動しないこと、お金の浪費。
- 罪に関する懸念:コミットメントを破る行為、不貞行為、家族と十分な時間を過ごさないこと、友人からの要求を無視すること。
では、なぜこのような行為によって、私たちは不快な罪悪感を感じるのでしょうか?
それは罪悪感が「内的ブレーキ」として機能しているからです。
つまり、自己制御が機能していないことを示すため、他人に対する罪の意識や権利侵害への懸念を示すために、罪悪感が生起しています。
不安と恐怖は「未来の脅威」で生起する
不安や恐れを感じると、私たちは生理学的な反応があります。
心臓や血管系に障害を引き起こし、心臓の動悸や血圧の変化、脈拍の乱れ、呼吸の変化、腹痛、胸やけ、まぶたのけいれん、四肢の震え、尿意など、身体に影響します。
また、思考や行動も、頭はぼんやりとして物忘れや言葉がでなかったり、支離滅裂になったりなどの変化もあります。
この不安や恐れは、生存のために必要な機能ですが、現代の日常生活では生活の妨げになっています。
将来、絶対に起きないような悪いことを心配し、身動きが取れなくなって貴重な時間とエナルギー浪費する人は多いでしょう。
このように不安を感じやすい人は、「次は何」思考に偏る傾向にあり、未来を想像して楽しく安全だと思うよりも危険が差し迫って恐ろしいと思っています。
羞恥心は「自分を他人とネガティブな比較」で生起する
感情研究の第一人者であるアンドレ・モディリアーニは、羞恥心は自尊心の急速な喪失であり、行動を問わず引き起こされるのではなく、むしろその行動が他人に見られ、ネガティブに評価されたという自覚によって引き起こされると主張。
また、他の研究者らは、その人個人の基準と一致しないやり方で行動したときに、ときおり羞恥心が起きることを示しました。
例えば、「おねしょをしてしまった」といった場合、誰も見ていなくても恥ずかしいと感じます。
そして、家族に汚れたパジャマや布団を見られないように処理しようとします。
おねしょは恥ずかしいですが、どちらかと言えば他人におねしょをした事実を知られることの方が羞恥心を強く感じます。
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