「自分は自分、他人は他人」課題の分離とは? – アドラー心理学

幸福論・知恵,メンタルヘルス,心理学

アドラー心理学では、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と考えます。

そして、その対人関係の悩みから解放される方法も示されています。

それが「課題の分離」という概念です。

もしあなたが幸福な人生の第一歩を踏み出したいなら、明確に課題の分離を行う必要があります。

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それが誰の課題かハッキリさせる

芸能人の不倫や浮気などの問題を、世間の人たちが一斉に叩くということが、たまに問題になります。

ただ不倫や浮気は世間の問題ではなく、その当事者の問題であり、本来は世間が騒ぐことではありません。

不倫や浮気をしない課題は、その人自身の課題です。

あるいは親は子供を躾けるために叱ります。

多くの親は「子供のためを思って」と言い訳をしながら、「勉強しなさい」「いい学校、いい仕事をしなさい」と、は自分の支配欲を満たしたり、世間体を取り繕おうと子供を思う通りにコントロールしようとします。

しかし、勉強しないことで困るのは子供であって、親ではありません。

勉強するという課題は子供の課題であり、親が子供を思い通りにコントロールしようとすれば、子供はそれを察知して親を拒絶します。

このようにあらゆる人間関係のトラブルは、他人の課題に土足で踏み込むことで起きるため、それが誰の課題か判断して、意識的に踏み込まないようにしなければいけません。

私たちができるのは「相手を見守り、相手から助けを求められた時だけ支援する」だけです。

それが誰の課題か明らかにするには、「その問題を放置した場合、不利益を被るのは誰か?」と問うことです。

他人の課題を勝手に背負わない

世の中には他人の課題を勝手に背負ってしまう人たちがいます。

例えば、子供に「もっと勉強しなさい」と子供の課題に介入する親がそれです。

子供の幸せに親は責任を感じるものですが、子供の課題を勝手に背負う親は子供をコントロールしようとしてしまい、その結果が子供からの拒絶です。

なので親は子供の課題を勝手に背負ってはいけません。

親がやるべきことは、自分自身の親としての課題に取り組むことです。

親の課題とは、困ったら援助することを伝えて子供を信じて見守り、援助を求められたら手助けすることです。

もしあなたが他者に介入して思い通りにならずにイライラしているのなら、それはあなたが課題の分離ができていない証拠です。

そういう人は、自分と他者の課題について考えて線引きをし、他者を信じきる努力が必要です。

自分の課題に踏み込ませない

自分が他人の課題に踏み込まないと同時に、他人には自分の課題に踏み込ませないことが大事です。

もし自分のやりたい夢に対して、親やパートナーに反対されたとしましょう。

すると「親を悲しませたくない」「パートナーに嫌われたくない」という気持ちと、自分の夢を叶えたい気持ちの板挟みに苦しんでしまいます。

人によっては、イヤイヤながら相手の望みや期待を裏切りたくないと夢を諦める人もいますし、逆に相手を説得しようと躍起になったことで関係を壊す人もいます。

どうするかは本人次第であり、正解はありません。

ただアドラー心理学では、自分の課題と相手の課題をハッキリさせて対応します。

この場合は自分の夢を叶えようとすることは「自分の課題」であり、親やパートナーがどう思い悩むか、悲しみや苛立ちを感じるのは「相手の課題」です。

なので相手への説得で、責めるように攻撃するといったことで「相手の課題」に踏み込んだり、逆に「自分の課題」に他人を踏み込ませない対応をしましょう。

「賛成してもらえないのは残念だけど、私は自分の道を行く」という宣言をすればいいのです。

自分は自分、他人は他人

至極当たり前ですが、自分は自分の人生を生き、他人は他人の人生を生きています。

しかし、課題の分離ができない人は、他人の期待に答えようとして必死になり、その結果で自分の人生ではなく他人の人生を生きる人がいます。

その人にとって他人の評価が絶対なのです。

相手に褒められ、感謝されれば嬉しいかもしれませんが、逆に相手に嫌われると地獄です。

相手の良い評価を取り戻そうとしても、他人の感情や行動はコントロールできないので、さらに苦しむことになります。

なので人は他人ではなく自分の人生を生きるべきです。

そのために「明確に課題の分離を行うことが大事」であり、それができて初めて「自分は自分、他人は他人」と自分軸を持つことができます。

あとは他人に批判されようと、陰口を言われようとも、自分が正しいと思う道を進めばいいのです。

それが幸福な人生の第一歩です。

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